2022.03.22

ここから始まる、愛媛シルクの物語

戦前、日本の養蚕業は世界一だった。明治から昭和初期まで日本の総輸出額の3~5割を、生糸・絹織物が占めるほどだったという。愛媛県は、四国山地に安定的な雨量が降り注ぎ、南予地域 (県の南側) の河川周辺には、桑畑に適した肥沃な土地が多かった。また、山間地域の傾斜地でも桑畑を開墾でき、養蚕業は急速に普及した。

今回お話を聞いた方
シルク専門家
河合 崇さん
Takashi Kawai
京都大学を卒業後、住友商事に勤務。人々の暮らしに携わる衣食住に関連性の高い分野に携わりたいと、繊維分野を希望した。繊維の原料や成分に至るまで知見を深めつつ、30カ国との取引をするなど、世界を飛び回りながら仕事をしてきた。グローバルな視点と確かな知識があるからこそ、「シルクの可能性」に強い確信を持つ。2016年、愛媛にてユナイテッドシルク株式会社を立ち上げ、「愛媛シルクプロジェクト」を推進。商社時代に培った繊維の知識・経験が、シルク産業そのものの価値を新たにしていく活動につながっている。
京都大学を卒業後、住友商事に勤務。人々の暮らしに携わる衣食住に関連性の高い分野に携わりたいと、繊維分野を希望した。繊維の原料や成分に至るまで知見を深めつつ、30カ国との取引をするなど、世界を飛び回りながら仕事をしてきた。グローバルな視点と確かな知識があるからこそ、「シルクの可能性」に強い確信を持つ。2016年、愛媛にてユナイテッドシルク株式会社を立ち上げ、「愛媛シルクプロジェクト」を推進。商社時代に培った繊維の知識・経験が、シルク産業そのものの価値を新たにしていく活動につながっている。
愛媛と養蚕業の歩み
南予地方の西予市で作られる生糸は「伊予生糸(いよいと)」と呼ばれ、気品のある光沢と、嵩高でふんわりと柔らかな風合いが特徴だ。古くから伊勢神宮や皇室の御料糸として採用されるなど、その品質は高い評価を得ていた。同じく南予地方の大洲市には、城下町に製糸場が並び、現在の城下町文化の形成・発展に養蚕業が貢献した。こうした産地に支えられ、愛媛は西日本で最大の養蚕地となっている。  しかし戦後にかけ、安価な外国産や化学繊維が台頭。第二次世界大戦で国内の養蚕業は大きく衰退した。後継者が絶え、廃業してしまった養蚕農家や関連業者はどれくらいあっただろう。愛媛県も例外なく、この25年間で養蚕農家は95%減少し、西予市に7軒、大洲市に2軒を残すだけとなっている。
「愛媛シルク」の未来が動き出す
2016年、愛媛の養蚕に新しい可能性を模索する人々が現れた。河合 崇さんが中心となり、「愛媛シルクプロジェクト」に取り組む。 彼らはまず“きびそ”に注目した。きびそとは、蚕が最初に吐き出す糸。繊維に使われる美しい糸ではなく、固く黄ばんでおり従来は破棄されていたもの。養蚕農家の方に、それを持ち帰りたいと言うと不思議がっていたそうだ。河合さんは、「最終製品を見てもらわないと人に納得してもらえない」と語る。きびそは、柔軟なアイデアによって、タオルやスカーフ、ボディケア商品に姿を変えた。これを見た養蚕関係者は驚いた。捨てられていたものが、全く新しい価値持った瞬間だった。衰退産業と考えられている養蚕業において、可能性と未来を解くプロジェクトの声に、人々が耳を傾けるきっかけとなった。 さらに、シルクの価値を発信するブランド「シルモア」を立ち上げた。ヘアケア・ボディケア・洗顔石鹸などの美容製品が生み出され、新しいシルクの体験を市場に提供した。
走り出した矢先の豪雨災害
「愛媛シルク」がその歩みを進めた2018年7月、西日本豪雨災害が発生した。特に南予地域の被害が甚大で、養蚕農家がある西予市・大洲市はまさにその渦中であった。豪雨災害の翌日、プロジェクトの仲間達は大洲市にある瀧本養蚕へ駆けつけた。瀧本養蚕を営むのは瀧本亀六さん(当時76歳)。大洲市に唯一残る養蚕農家で、愛媛県内の繭生産量の6割を担っていた。養蚕場を訪ねると、散乱する蚕舎に悲しみに暮れる亀六さんの姿があった。蚕舎は水浸しになり、約15万頭のお蚕さんが全滅してしまっていた。「もう続けられないと思った。」と亀六さんは当時を振り返る。しかし、瀧本さんの元を仲間たちが訪れ、そこら中の泥をかき必死で蚕舎を掃除した。壊れた箱や蔟(まぶし)を片付け、亡くなったお蚕さんを弔った。
次世代の担い手
この災害をきっかけに亀六さんの孫、瀧本慎吾さん(当時24歳)は家業を継ぎ、就農することを決意したという。長く大洲の養蚕を支えてきた祖父が、災害に打ちひしがれる姿に胸を痛めた。しかし、傍らに手を差し伸べる仲間がいて、そこで養蚕の新しい可能性が広がりつつあることも知った。慎吾さんの就農は亀六さんだけではなく、愛媛シルク、日本の養蚕業にとっても、明るく未来を照らす出来事だった。
シルクで地域をともに創る
愛媛シルクの歩みは、新しい可能性の開拓とともに産業や地域を持続・活性化させる活動だ。現在、愛媛シルクは「食分野」における可能性に挑戦している。繭の主成分である絹繊維(フィブロイン)を抽出・精製し、水溶液やパウダーに加工することで、味覚向上や他では得られない効果効能に期待している。また、将来的には医療分野における活用の可能性も視野に入れているそうだ。
愛媛産シルクの発信拠点、シルクショールーム
愛媛松山の中心にそびえる松山城。2021年6月、その麓にあるロープウェー街に「シルクショールーム」がオープンした。ショールームは、シルクの魅力を県内外に発信する拠点であり、河合さんの想いが形になっている場所でもある。白と明るい檜木材を基調にした店内は、壁から天井にかけてゆるやかな曲線になっており、柔らかくまばゆい明かりが全体を包み込む。繭の中をイメージした設計になっているそう。斬新とも思える空間なのに、安心感に包まれる。
シルクプロダクトに触れる
ショールームには、アメニティ、衣類、食品、飲料など、これもシルクなのかと驚く商品が並ぶ。愛媛シルクは、多くの生産者や企業とタイアップし、今や「着てよし・食べてよし・塗ってよし」な体験を創出できる。一次は衰退していた愛媛の養蚕。シルクの価値を信じる人たちによって、着実に新たな歩みが始まっている。