2022.03.22

新しい砥部焼の形を求めて
~遠藤窯と“旅するうつわ”~

砥部町の静かな住宅街の奥にある「遠藤窯」。一歩その工房に足を踏み入れると、優しい土の香りが漂い、ステレオからはラジオが流れる中で、ご夫婦が黙々と作品作りに励む姿が目に入る。“穏やかな時間“とはこのことを言うのではと思うほどの空間。ここで、真っ直ぐで、優しさを感じる作品が生まれていると思うと妙に納得ができる。

今回お話を聞いた方
陶芸家
遠藤裕人・愛さん
Hiroto Endo / Ai Endo
遠藤裕人・遠藤愛夫婦が制作する小さな陶芸工房。
夫・裕人さんが84年に築窯・独立。以来、砥部焼の土に魅了され、その良さを生かすため、絵付けはせず、白磁を中心に作品を制作。個性的な形、モダンなデザインながら生活に馴染む器が魅力的。近年は15種類以上の釉薬を使い分け、色鮮やかな器が多いのも特徴の一つ。高島屋新宿店や阪急うめだ店でも個展を開くなど、県内のみならず全国でも精力的に展示会も行っている。
遠藤裕人・遠藤愛夫婦が制作する小さな陶芸工房。
夫・裕人さんが84年に築窯・独立。以来、砥部焼の土に魅了され、その良さを生かすため、絵付けはせず、白磁を中心に作品を制作。個性的な形、モダンなデザインながら生活に馴染む器が魅力的。近年は15種類以上の釉薬を使い分け、色鮮やかな器が多いのも特徴の一つ。高島屋新宿店や阪急うめだ店でも個展を開くなど、県内のみならず全国でも精力的に展示会も行っている。
「砥部焼」の産地・砥部町
人口約2万500人の町、砥部町。初夏には川沿いでゲンジボタルが乱舞するような、日本の原風景が今も残る場所だ。 豊かな自然と温暖な気候。どこか工房の中に漂う空気感と似ているものがある。それだけ、この土地に馴染んでいると言うことなのか。 多くの山に囲まれたこの町で、240年もの間、脈々と受け継がれている国の伝統工芸品「砥部焼」。 ぽってりと厚みがあり、白磁に藍色(呉須)の模様が描かれているのが一般的。 陶石を砕いた粉を原料とした磁器土で作った器は、“夫婦喧嘩で投げつけるのに使っても割れない”といわれるほど、丈夫で重量感があり、日常使いに適している。 現在は100軒ほどの窯元があり、近年は特に、伝統の枠にとらわれず、歴史を受け継ぎながらも、生活に馴染みやすい作品を生み出す陶芸家さんが増えているのも印象的だ。その一つが「遠藤窯」である。
始まりは突然にー「遠藤窯」が動き出す
「遠藤窯」は、作家の遠藤裕人さんと遠藤愛さん夫婦で営む工房。その歴史は、1984年想定外の形で始まったという。 「転勤で松山に住んでいた父が、57歳で退職したことを機に、砥部に土地を買い「仕事を手伝うから、工房を作ろう」と突然言い始めたんです。気がついたらここで作品を作っていました。」と裕人さん。 美大を卒業後、テーマパークや水族館で、岩などのディスプレイを作る仕事をしたり、10人ほどが集まるアトリエを立ち上げ、オブジェなどの作品作りをしていた。活動の拠点は関東圏でと考えていたという。 運命に引き寄せられるような形で、砥部の地に根を下ろすこととなった裕人さん。 学生時代は、夏休みや冬休みなどに、松山の実家へ帰省しては、森陶房(1970年に開窯した窯元)で、手伝いする傍ら、陶芸のイロハを学ぶ中で、砥部の魅力を肌で感じていたという。
焼き物の産地“砥部”の魅力とは
それまでも、様々な器の産地に行く機会があった裕人さん。「焼き物の産地には、谷間にある集落で、技術を隠すようにひっそりと伝統を繋ぐ産地が多く、暗さのようなものを感じるとこともあったんです。でも、ここ砥部町は、気候が良く、明るい印象が学生の頃からありました」。 そう話す裕人さんは、独立後数年は、現代美術展に出展するオブジェを制作する傍ら、生活食器を作り生計を立てることとなる。 では、なぜ生まれ育った場所ではない砥部で、拠点を置き続けるのか。 「分からないことがあれば、先輩の作家さんに相談するんです。すると、惜しみも無く技術を伝えてくれる。本当に風通しがいいんです。来る者拒まずの、開放的な環境が、砥部の魅力だと思います」。
砥部の土は日本一
独立から10年ほど経った、95年。土の研究する「土竜の会」の発起人の一人となった裕人さん。 窯元が5人ほど集まり、自ら土を調合し研究を重ねたという。 「この会の活動もあって、砥部の原料と向き合うことができ、少しだけ土を使いこなせるようになったような気がするんです。 それまでも感じていましたが、この頃から、より、砥部焼に使用する土の良さに魅了されていきました。僕は日本で一番使いやすい磁土だと思っています」。 裕人さんの言う砥部の土の良さとは、“粘性が高く、可塑性がある”・“ゆっくり乾燥するため、カップに取っ手をつけるなどの細工がしやすい”だとか。 また、前述してはいるが、砥部焼と言えば、「白磁」も特徴。 「原料の磁土の調整物を少なくして、より砥部陶石の純度の高い磁土を自分で作り、『柔らな白さを 表現する白磁で勝負したい!!』と思った」と、裕人さんの現在の作風に繋がるきっかけを得たのもこの頃だという。
工房に新たな風が吹き込む
程なくして、作品作りなどを手伝ってくれていた両親が相次いで他界。人手不足から、スタッフを募集したところ、「ものづくりの現場で働きたい」との想いで門を叩いたのが、妻で作家の「遠藤愛」さん。2009年のことだった。 「最初は、手伝いでしたが、アドバイスをもらいながら作品作りもするようになっていきました。でも、裕人さんが作りたいものと、私が作りたいものは違ったんです!!」と愛さん。 確かに、夫婦の作品には共通点はあるものの、作風に違いが見える。これも、お二人がお互いを尊重し合い、ときに意見を交換し合いながら制作に取り組んでいる証なのではないだろうか。 工房に流れる“穏やかな時間”は、こうした二人の関係性から育まれたもののようにも感じる。
遠藤窯が作る新しい砥部焼
共通項とは、土の風合いを残した繊細な薄さ。 原料から醸し出される、力強さと遊び心に向き合う裕人さんの作品に対し、 愛さんの作品は、柔らかい曲線や優しさやぬくもりが伝わってくる。 ここ数年は、白磁だけではなく、ピンク色や青色、グレーなど、カラフルな器も増えた。 「焼き上げる際の、ほんの5度の差で、同じ釉薬を使っていても、色の変化が生まれるんです。その微妙な違いを調整しながら、納得のいく色合いを見つけ出します」とお二人。 工房には釉薬が入ったバケツが、所狭しと並んでいて、焼き上がりへの強い意欲も感じさせられる。
うつわは“旅をする”
「旅するうつわ」をテーマに個展を開いている「遠藤窯」。 ギャラリーには、二人の作品だけでは無く、 家庭やお店などとコラボレーションし、遠藤窯の作品を使った食卓の風景を写真で展示。 それぞれの器が、「遠藤窯」から旅立ち、その先で紡がれた物語を感じる事が出来る。 「自分たちが納得いく「完成形」を、お客さんに提供しています。でも、それで終わりではなく、買ってくれ方が、料理を盛ったり、花を飾ったり、小物をディスプレイしたりと、相手の手に渡って使われて、初めてその“うつわ”が完成すると考えているんです」と裕人さん。 それぞれの作品に、余白のようなものを感じるのは、旅に出たうつわたちが、手に取る人たちの元で新たなストーリーを綴るためなのかもしれない。
「そんな使い方があったか!と驚かされることもあるんです。その使い方なら、こんな形の方がいいんじゃないか・・・といった感じで、また新たな作品が生まれる。常に新しいものを求めながら、楽しさも伝わるような作品作りに、日々取り組んでいます」。 まさに、“うつわ”を通して、作る側と使う側がコミュ二ケーションを取りながらできあがっていく「遠藤窯」の作品の数々。 軸はぶれずに、移ろう時の流れを楽しみながら、今日もうつわたちが生まれ育っていく。(聞き手・文=山崎愛)